今日届いたメールマガジンに
ある方の講演レジュメからの一文が 抜粋されていました。
「荒地にも徳がある。その徳を掘り起こせ」と尊徳は説く。
そして、その徳は耕す人間の徳に共鳴するという。
すなわち、荒地の徳が掘り起こせないのは荒地のせいではなく、
それを耕す人間の心の中の徳が少ないからだ。
この意味で人間の徳磨きが大切なのであり、
それは一生を通じて終わりのない修行なのである。
2年前に 二宮尊徳翁生誕の地で行われたイベントで、
尊徳翁は 各地に行ってその地を興すとき 決して外から人を入れることはせず
その地に生きる人たちによって 行なってきた
という話を伺い、とても印象に残ったことを思い出しました。
その時 市長が引用された
「荒地は荒地のちからで」という尊徳翁の言葉の意味が
改めて身にしみます。