Earth Design Project

ひとりひとりから始まる あらたな ヒト/HITO の ものかたり
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GENESIS 〜はじまり つくる〜

 セバスチャン・サルガドさんの写真は あまり得意ではありません、でした。世界の不条理や悲惨を伝える画像に向き合うには 相当なエネルギーが必要とされるため、ある時期から まるで義務のように観ていたそれまでの態度を変え 一定の距離を置くようになっていたから、というのが 直接の理由ではなく、どんな環境においても確かに存在している「人間の尊厳」を写していると評される彼の写真が あまりにも美しいことに、なにか 落ち着かないもの、しっくりしないもの、居心地の悪いものを感じてしまうからでした。

 とは言え、昨日 映画「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター」を観た後に 自宅の本棚を探ってみると2冊の彼の写真集が出てきましたから、私にとって じっくりと見たくはないけれど手元に置いておきたかった とても気になる写真であり写真家だったのは間違いありません。

 今月の初め、美容室で 普段は手に取ることのないファッション誌をパラパラとめくっていたら アートのページにサルガドさんの名を見つけ、ヴィム・ヴェンダース監督とサルガドさんの長男のジュリアーノ監督がサルガドさんの映画を撮ったことを知りました。そして 数年前の彼の写真展で求めたパンフレットに記されていた 2005年に開始したプロジェクトのことを思い出したのでした。

 GENESIS…

 映画は、彼の生い立ちや家族に触れながら インタビューを交え 彼の仕事の軌跡を 「GENESIS」プロジェクトなど進行中の活動を含めて追っていきます。

 当然のことながら 彼を有名にした「世界の不条理や悲惨を伝える写真」を生んだ様々なプロジェクトが順次紹介されていくわけですが、私は 次第に退屈になり さらには居心地が悪くなって 席を立ちたくなりました。今日 改めて手元にある彼の過去のプロジェクトの写真を観ていて理解したのは、荘厳すぎるほど美しいその映像の中に秘められた 撮り手であるサルガドさんの怒りや悲しみのような割り切れない何か、被写体の本来持っている荘厳さや美しさと その身が置かれた環境の あまりにもはげしいギャップに、私は 耐えがたさを感じるのだ、ということです。

 そしてその亀裂や齟齬や居心地の悪さは、71歳になっても青年のような透き通った眼差しを持つ 撮り手であるサルガドさんの方が圧倒的に感じ取っていたわけで、数多の戦争や難民や虐殺の現場に立ち会った彼の 「もう限界だった。もはや人間の救済など信じられなかった。」という言葉が映画の中で流れた時 私は映像を通じて彼の苦痛をわずかながらでも追体験していたのだと 気づいたのでした。

 サルガドは様々な人類の歴史と対峙する中で、新プロジェクト「GENESIS」の主題を生命の根源[ルーツ]に求めた。それは、ルワンダだけではない、人類の悲惨な歴史や苛酷な日常の中で必死に生きようとする人間たちと出会って、作家自身が導き出した課題であり、次に向かう先であった。

 (略)

 サルガドはこれまで対峙してきた歴史と現実を再考するために、「GENESIS」プロジェクトへと向かった。「WORKERS」や「MIGRATION」などの作品を単なる過去の記録にするのではなく、現代や次世代の人々が未来へ向けて様々な角度から検証できるための人類共通の基盤として示されるのが「GENESIS」なのである。

【セバスチャン・サルガド写真展「AFRICA」のパンフレットの、丹羽晴美・著「生きとし生けるものの未来へー起源を探るセバスチャン・サルガドの写真」より】


 「GENESIS」プロジェクトの中で撮られた彼の写真は 私には何の違和感もありません。自然に 美しい と思えます。これまでの彼の写真とは異なり、どれも 愛おしい。安心して向き合え そこに映るものの中にあるいは向こうに 希望のようなものが感じられます。目の前の一枚の映像の 手前と向こう側とその奥に断絶がなく どこかへつながっているような落ち着きがあるのです。

 報道写真家が 対象を自然や動物に変えるのは、勇気が要ったことでしょう。これまで数多く撮られてきた ある意味取り尽くされているテーマとも言えますが、絶望を知っている彼にしか撮れないであろう作品が 生まれています。


 今回の映画で知ったことの一つが、彼が実家の農園で妻と始めたインスティチュート・テラ。サルガドさんが幼い頃は鬱蒼とした森だったところが いつの間にか荒地となり禿山と化していたのを、植林を続けて 現在は環境保護地区に指定されるほどの立派な森をつくりあげたのです。これは映像を見てもらいたい。あんなに荒廃していた土地が 人が適切に手をかけることによって これほどまでの豊かな生態系を持ち得る「現実」を ぜひご自身の目で見てもらいたい。

 妻のレリアさんが、「(この経験と知識は)みんなのものです」というようなことを話されていたのが とても印象的でした。

 サルガドさんの映画を見た後 その映画館がある施設の壁に貼られたポスターの文字が 目に飛び込んできました。

 「靑い種子は太陽のなかにある」

 寺山修司さんの劇作品のタイトルです。

 作品の内容は分からないものの、その一文が ずっと私の中で響き渡っていました。

 太陽…

 燃えさかる赤…

 大地を染め尽くしたおびたたしい血の流れ…

 躍動と狂気…

 カミュの『異邦人』の太陽…

 青…

 海の色

 空の色

 緑の色

 いのちの色

 その赤と青の対比が、サルガドさんの 絶望から希望への道のりのように 思えたのです。

 そして、「風の谷のナウシカ」の中で語られる 「その者 蒼き衣を纏いて金色の野に降りたつべし。失われし大地との絆を結び、ついに人々を清浄の地に導かん。」という“古き言い伝え”を 思い出しました。漫画版の「ナウシカ」は、焼け尽くした焦土に立つ 王蟲の体液によって青く染まった衣をまとったナウシカが、その言い伝えと結びつけられて終わるのです。

 GENESISの語源は インドヨーロッパ祖語の“gene-”(=to produce, give birth, beget)に遡ることができるようです。

 GENESIS/ジェネシス

 創生 創世 創成…

 はじまる はじめる

 つくる うみだす

 GENESISプロジェクトを 最初は 環境破壊を告発するものにしようと考えていたと、サルガドさんは映画の中で語りました。しかし 告発… アンチ… のなかには こたえがないことを 彼は十分知り抜いていたのでしょう。

 過去から 現実から 目をそらさずに、しかし その枠組みや地平から離れて、しかし 過去や現実とのつながりを断ち切ることなく、誰もが絶望してしまうような荒廃した土地を いのちの楽園にすることができる。

 インスティチュート・テラは その一例であり、サルガドさんの「GENESIS」プロジェクトは 荒廃した人の心や意識への 楽園をつくるための一本のあるいは何本かの植林のように思えます。あるいは、私たちに手渡された 未来への希望の種のようです。

 映画の原題は THE SALT OF THE EARTH

 地の塩

 聖書にある言葉です

 “光で描く人”フォトグラファーの人生を介して

 人は 地を浄める塩となりうる、意を込めたのでしょうか…

 彼の生まれ育った地域は、私がブラジルでその名を知る数少ない土地であり もっとも気になる場所の一つ。GENESISの森を訪ねることが、いつの日か彼の国を訪ねるときの楽しみとなりました。

【余談】

 奇しくも サルガドさんの最新のプロジェクトと同じタイトルの写真集を 処分したところでした。その本に収められていた写真は どれも「過去」。けっして抜け出せない過去の閉じた世界を写したもの。それを手放し 未来へ繋がる「GENESIS」へ出逢った、ということになります。


【余談その2】
 GENESISの森が 私の中で 「無限の庭」へとつながっていきます。
 そして その記事の中に記したRADICALの語源を見ると、GENESISの原義とつながっていきます。

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