今年の3月の終わりに ひょんなことから「集まルーズ」という場が生まれました。
「日本の山や森を生かし 未来へつなぐこと」に関心のある者たちが、森や木材をテーマにした ゆくゆくは行動につなげていけるようなものとして始めてみることにした(はずの)その集まりの第1回目の訪問先は、湘南地域でフランス料理店を経営している方(*以下「Aさん」)でした。
「集まルーズ」が誕生するおしゃべりの中で、私が 森や山についての話に 国産ワインや自然栽培のたとえを持ち込みながら話していたからでしょうか、別れ際には なぜか “そうなっていた” のでした。今回訪ねたAさんのお店では 国産ワインや自然栽培の農産物を積極的に扱っているのです。
私個人としては 自然に即した農や食に関心を持って はや四半世紀。それとつながる関心事のひとつに 日本の森林や住まいがあるものですから なんの違和感もなかったのですが、他のメンバーはいったいどうなのだろうと 内心ちょっぴり気になっていました。が、蓋を開けてみれば 食と森 食と住の素晴らしいコラボレーションは メンバーそれぞれの中で起こったようで、何よりも 夢に向かって進むAさんの姿に それぞれが刺激を受け励まされたことが 実は一番の収穫だったかもしれません。(*あくまで個人的な見解です)
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現在2軒のお店を経営しているAさん。
それぞれのコンセプトが「ma maison(我が家)」と「ユーロ カフェ&バル」と、どちらも 地元の人たちが気軽に集まれる“コミュニティ”を目指すものです。
お客様はみな家族、
安全で健康的に美味しく食べられる料理をお届けします。
お客様や生産者、地域や環境への感謝の気持ちを忘れずに、
「ありがとう!」一番店を目指しています。
というのが 今回訪ねたお店のコンセプト。
そこで食事をしながらお話を伺ったのですが、シェフは ベジタリアンのメンバーへの細やかな配慮もして下さり、聞けば アレルギーやベジタリアンの方への対応は日常的に行なわれているとのこと。私が菜食だった数年前はもとより 現在でもまだまだそういう対応をして下さるお店が少ない中(しかもフレンチレストランで) 人に寄り添うサービスをする という本道を進んでおられるように観じられます。
と ここまで書いてAさんの名刺を見てみると、クレド(Credo:ラテン語で「志」「信条」「約束」の意味)として 次のことが記されていました。
我々はmade in 湘南(地産地消)にこだわります
我々はお客様第一主義に徹します
我々は地域と共に歩みます
我々は湘南中にHappyを届けます
我々は食文化の啓蒙と食育を推進します
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調理師学校を出たAさんは 初めて働いたレストランで 初年度にフロア・サービスをしていたときに(*そのお店では料理人として入った人も まずフロアの仕事を学ぶのだそうです) レストランのサービスやマネージメントに興味を持ち 性格的にも向いていると感じて、それ以降 その道を歩き始めます。最初のお店で 世界の一流のものに触れ、その後勤めたオーベルージュで 現在のAさんの夢の輪郭がかたちづくられていったようです。
オーベルージュの先駆けであるその場を始められたシェフが 地元の一軒の農家とつながりをつくり そこから その農家さんが変わり そして その地域の農が変わっていくさまは、Aさんの目に あるひとつの理想 あるいは ひとつの素晴らしい道筋として 映ったのだと思います。
レストランという場が コミュニティをはぐくむ一つの核となることができる---
その実例を体験されたのです。
私がAさんのお店を知ったのは その地域で自然栽培をやっている農家さんがきっかけですし、Aさんと直接会ったのは お店で扱う食材をつくっている農家さんたちを招いた「ファーマーズ・ディナー」でした。すぐれた国産ワインの取り揃えも豊富で、実際にワイナリーを訪ね 作り手さんを訪ねている姿が お話から観じられます。
さらに、Aさんの2軒のお店では 月単位で お店の壁面を ギャラリーとして無料開放していますし、バルの方は 地元のプロサッカーチームのサポーターが集う店でもあるのです。
興味深いお話が続く中、オーベルージュの支配人をやっていた時は 高い空からその場を俯瞰しているような意識の状態だった とおっしゃったことが、とても印象に残っています。
当時は 1時間後に雨が降るかどうか あるいは そのときシェフがどこにいるか 分かったとか。その話を聞いた建築士であるメンバーは 優れた大工さんにも同じことが言える と言っていました。それは 優れた建築士にも言えることなのでしょう。その彼が ある神社について なかなかああいう風にその地形を俯瞰して建築することはできない と話していたことを思い出します。考えてみれば 建築という行為は町づくりと同義であり それは風水や陰陽道といった不可視のものを意識化し デザインすることともつながります。そしてまた オーベルージュのような宿も 可視・不可視のものことをトータルにデザインし サービスする場。意識のはたらきが 大きく問われます。しかしそれは 社会のあらゆることに言えるのでしょう。
分野に限らず ある「場」に責任を持つ人は 全体をより広く俯瞰する意識が必要なのだと言うことに 改めて気づかせていただきました。
また、Aさんのお話を伺う前 食前酒を飲みながらのおしゃべりの中で 建築と人 ということが話題になりました。人がいて 人の暮らしがあり 人の生きざまがあって それに添う器として建築がつくられているのに、建築の専門家は えてして その視点を忘れて 建築のスタイルだけとりあげる あるいは 建築のスタイルからものごとを語ろうとしてしまう と。
Aさんはお話の中で サービスということについても触れられましたが、Aさんが語り目指すサービスもまた 「人」が中心のものです。サービスというものは そうあって当然 と思われるかもしれませんが、なかなか そうでないのが現実だというのが私の印象です。これもまた サービスに限らず この世のあらゆることに言えるのだと思います。ある意味では その基本を忘れて 主客逆転してしまったのが 現在の社会なのかもしれません。
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今月の24日に 社会保障・税の共通番号(マイナンバー)法が参院本会議で可決・成立しました。情報の一元管理は確かに効率的ではありますが その一元管理するものが本人ではないところに 様々な問題が想定されます。個人が自分の情報を一元管理するなんてできるわけがない とおっしゃるかもしれませんが、もしかしたらそれは技術でクリアできることかもしれないと 個人的には思っています。それは コンピューターやコンピューターネットワークの在り方と とても似ていると観じるからです。
インターネットのもともとの理想は すべてのパソコンがサーバー機でありクライアント機である「ピア・ツゥー・ピア(Peer to Peer)」(*Peerとは対等の者という意味)だったと聞きますし、それは 現時点で考えられる 理想的な在り方だと思います。しかし コンピューターネットワークの現状は サーバーとクライアントが分離し、自分でサーバーを立ち上げない限りは どこかのサーバーに属し そこに管理されなければならないシステムになっています。ソーシャルネットワークというものも サーバーとクライアントが分離しているがゆえの (ピア・トゥー・ピアの立場から見れば)他者に管理される クローズドなシステムです。これらに共通しているのは 「人」が中心ではなく サービス(提供者)が中心の発想という点でしょう。
ただ あるベンチャーキャピタルの方が言うには、自動車をいくら改良しても飛行機は生まれないように 演算機器の延長線上で開発している現在のコンピューターでは ピア・トゥー・ピア的なコンピュータもネットワークもつくれないだろう、人を中心とした 人に寄り添った コンピューターをつくるには まったくあらたな発想が必要になる、とのこと。その方は 次世代のコンピューターの開発に出資しており、去年の3月末の時点のお話では 2015年頃には 今の形のコンピューターは終わりを迎え あらたなコンピューターの創始期になるのではと おっしゃっていました。
ピア・トゥー・ピアは 中心のない 対等な これからの カタチ。
「集まルーズ」も 中心のない ピア・トゥー・ピアを目指しています(*あくまで 個人的な意見ですが)。そして Aさんのお店や取り組みも 私にはピア・トゥー・ピアの一つの「ピア」であるように観じられるのです。
ずっと着ていたタキシードを脱いで カジュアルなスタイルのお店で独立されたAさん。タキシードが似合う人間になって 50歳になったら 再びタキシードを着てサービスができるお店をつくりたいと おっしゃっていました。私もそれまでに タキシードが似合うAさんに サービスしていただくにふさわしい人になっておきたいと、心密かに誓ったのでした。